七夕会話・3年目
 





「今日は曇りかぁ…」
 ため息をついて窓の外を見上げた私の言葉に、思い思いに過ごしていたコウくんとルカくんが顔を上げてこっちを見た。
「ああ、だな。……っつっても、このカンジじゃ雨は降らねぇぞ。」
 私の隣に来て、同じように空を見上げたコウくんの大きな手のひらが、私の頭をくしゃりとなでる。
「ちゃんとバイクで送ってやっから、心配すんな?」
「ありがとう、コウくん。……でも。」
 お父さんみたいな優しい瞳を見上げながらお礼して、だけど心配してるのは自分の帰り道の空模様じゃないんだと訂正すると
「そうだ。わかってないな、コウ。」
 コウくんとは反対側の私の隣で、コウくんをからかう時の楽しそうな笑みを瞳に浮かべたルカくんが、コウくんの温もりの残る私の髪を梳いて言った。
「あ?何がだよ。」
「ほら、わかってない。」
 途端に眉を寄せたコウくんと、ねぇ?と私に笑いかけるルカくんと。

 こうして3人で過ごすのが、最近の私たちの日常になっている。
 二人ともバイトが忙しいから、今日みたいにWest Beachでゆっくりできるのは偶のことだけど。

「ったく、メンドクセェ……だから何の話だよ?」
「あれ、本当にわからない?」
「……わかんねぇから聞いてんだろうが。」
 のらりくらりと答えをはぐらかすルカくんに業を煮やし、私に向き直ったコウくんに首を傾げてみせると、コウくんの口元がピクリと引きつった。
「うわ、コウが怖ーい。」
「うるせぇ。」
「今日は七夕だよ!」
 ケンカになりそうな二人に慌てて答えを言うと、『ハァ!?』って顔したコウくんが(だから怖いって…)呆れたようにソファに戻る。
「チッ……んなことかよ。」
「あ、ヒドイ!」
「そうだそうだ、コウ、ヒドイ!」
「うるせぇよ。」
 文句を言う私とルカくんを一言で流して、コウくんはバイクの雑誌を手に取って読み始めた。
 ……つまんないのっ。
 薄いリアクションにちょっと唇を尖らせてから、私は相手をしてくれそうなルカくんに向き直る。
「ルカくんは知ってたんだ?」
「まぁね。バイト先で七夕用の笹、売ってたし。」
「そっか、お花屋さんだもんね。」
 納得してもう一度空を見上げると、うっすらとだけどまんべんなく広がった雲。
 West Beachから見える空はずっと向こうの水平線まで続いていて、その下にある海もそれを映してまた水平線まで延びているのに。

「…今日は会えないのかな、織姫さまと彦星さま。」
 ポツリと呟くと、ルカくんが首を傾げた。
「曇りだと会えないの?雲の上の話なのに。」
「うん、曇りだと……あれ?曇りだとどうなんだろう。雨が降ると天の川の水かさが増えて、渡れなくなっちゃうんだよね?」
「へぇ……じゃあ曇りだと、天の川に屋台が出るとか?」
「え!?なんでそうなるの?」
 突拍子もないルカくんの答えに目を丸くすると、ルカくんが雲を見上げて目を細めた。
「屋台で売ってるわたあめみたい……うまそう。」
「もう、ルカくん!」
 ロマンがないなぁ、とむくれると、ごめんごめん、とまったく悪いと思ってなさそうな謝罪の言葉が返ってきた。


「ところで、ソイツらはなんだって七夕にしか会えねぇんだ?」
 興味なさそうにしていたコウくんが、雑誌のページをめくりながら尋ねてきた。
「コウくん、知らないの?」
「……悪いかよ。」
「別に悪くはないけど、結構有名な話じゃない?」
 せっかく会話に参加してくれたコウくんの機嫌を損ねたくはない。
 慌てて言葉を足すと、さり気ないルカくんのフォロー。
「ほら、うち、アメリカかぶれだから。」
 そういうものかな?まぁ、そうなのかも。
 気を取り直し、記憶の棚を探りながら完結にあらすじを説明する。

「ええと、はた織の得意な織姫さまと牛飼いの彦星さまが結婚したら、遊んでばっかりで働かなくなったの。」
「いいね、ラブラブだ。」
「それで食っていけるならいいだろ、別に。」
「うん、それはそうなんだけどね。それで、怒った神様が罰をあたえるの。」
「罰……やっぱ、耳ひっぱるとか?」
「いや……ゲンコツだろ、そこは。」
「……神様は大迫先生じゃないから。」
 一気にテンションの下がった二人に、大迫先生の偉大さを知った私。
「そうじゃなくて、二人の間に天の川を作って離れ離れにしたんだよ。真面目に働いたら、年に一度七夕の日に会わせてあげるって。」
「なんか神様、上からだな。」
「だな。カミサマのヤツ、何様のつもりだ?」
「神様でしょ……もう、罰当たりだな。」
 おかしいな、もっとロマンチックな話だとおもったんだけど、全然そんな感じじゃないや。
「あ、そっか。国によって少しお話が違うんだ。」
「ん?」
「日本だと天の羽衣って言って、湖で水浴びしてる天女に一目ぼれした男の人が天女の衣盗っちゃうの。
 それで、二人は結婚して幸せに暮らすんだけど、ある日天女は隠してあった衣を見つけて天に帰っちゃうのね。」
「なにそれ。冷たい。」
「いや、元はといや卑怯な男のせいだろ。」
「だけど天女は去り際に男の人に言うの。『私に会いたければ、浜辺に落ちてる千足のわらじを拾って……」
「それを物々交換しまくって、最終的にゲットしたスペースシャトルで宇宙まで会いに来てねv(ハート)』」
「そんなこと言いません!それじゃわらしべ長者じゃない!そうじゃなくて、『千足のわらじを拾って土に埋め、そこにへちまを植えなさい』って言うの!」
 なんだ、とうそぶくルカくんをちょっと睨んで、話を続ける。
「それで、男の人は必死にわらじを集めるんだけど、999足まで集めたところで、天女に会いたくて堪らなくなっちゃうのね。
 だから999足のわらじを埋めて、そこにへちまを植えると……なんと、へちまのつるがぐんぐんと空に向かって伸びていくではありませんか!」
「おお!」
 話を切ったところで、コウくんが声を上げてこっちに身を乗り出してくる。
「それなら知ってるぞ。」
「そうなんだ、やっぱ色々な形で伝わってるん」
「アメリカじゃジャックって小僧が牛肉と交換した豆を蒔いてだな!そしたらその豆の木がぐんぐん空に」
「それは国によって少し話が違うんじゃなくて、まったく違うお話だよ!それに牛肉じゃなくて牝牛だからそれ!」
 あれ?コウくんってボケキャラだっけ?天然おバカだっけ?


「もう、全然ロマンチックじゃないよ……。」
 思いっきりむくれてそっぽを向くと、ふっと二人分の笑いが洩れる気配。
「ごめん。」
「悪ィ。」
「とか言って、二人とも笑ってる!」
 もちろん言葉だけの謝罪で、私の機嫌が直るわけもなく。
 さらにふいっとそらした顔を、ルカくんとコウくんが反対の場所から覗きこんでくる。
 ……これじゃどこを向いてもどっちかの顔があって、思わず私まで笑ってしまうじゃないか。
 私の不機嫌が揺らいだのに気付いたのか、ルカくんが柔らかい笑みを浮かべて言った。
「そりゃ笑うさ。心配する必要、ないんだからね。」
「……え?」
 意図の読めない言葉に首を傾げると、今度はコウくんの顔にはりついた不敵な笑いが映る。
「そうだな。曇りだろうが雨だろうが、そもそも天女を天になんか帰さなきゃいいじゃねぇか。」
「そんなの、」
 無理だ、と言おうとした私を遮り、さも当然と言ったような表情のルカくん。
「俺ならそりゃもう日がな一日、常にべったりくっついて離したりしないね。」
「……それはそれで困ると思う。」
 想像すると、それはそれで鬱陶しくて愛想つかされそうな状態。
「それに天の川くらい、泳いで渡りゃいいじゃねぇか。」
「織姫さまたちはそんなにマッスルじゃないよ!」
 コウくんはコウくんで、ワイルド極まりない発想を発表。
 いや、それは運動200でも無理だと思う……。



 なぜだか満足そうな二人は、もう何も言えない私に向かい



「ま、もしうっかり天に帰しちゃってもさ。」
「ま、もし泳いで渡れなくてもよ。」



 なんとも『らしい』顔で笑って言った。



「「サクラソウが、連れてってくれんだろ。」」



「……もうっ!」






 

 



03.それはまた、別のお話 × 桜井兄弟
 

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