「思ったより重いのな。おまえ。」

 何気なくそう言った瞬間、が固まった。
 どうしたって聞こうと思ったら、横から新名がすげぇ剣幕で怒鳴ってきて。

「ちょ・・・嵐さん!女の子になんてこと言うんスか!」

 ああ、またそれだ。



 新名はよく俺に、「女の子になにやってんだ。」って怒る。
 俺はなんで新名がいちいちうるさく言うのかが、イマイチピンとこねぇ。
 女だろうが男だろうが、重いモンは重いし、軽いモンは軽いだろ。
 そもそも新名の言う「女の子」ってのは、大概のこと。
 あいつはマネージャで、別に部員じゃないんだから、階級も関係ねぇし
 なにに気を付けろって言われてんのか、全然わかんねー。

「嵐さん。なにボーっとしてんスか。」

「ん?・・・ああ、悪い。」

 いけね、もう部活始まる時間か。
 3人で道場に戻ってきたのはいいけど、なんとなく考え込んでたみたいだ。
 前はこんなことなかったのに、最近たるんでんな、俺。

「それじゃ、ランニング行くか。」

「もー、嵐さん。そうじゃないって。」

「ん?」

 気を引き締めて指示を出すと、新名が呆れた様に肩をすくめて、前より節の目立つ指で道場の隅を示した。

さん、まだ手当てしてないみたいだから、してあげてください。」

 促されるまま目をやると、ドリンクの用意だとか練習メニューのチェックだとかに、ちょこまか動き回ってるがいた。
 新名の言う通り、湿布を貼ると言ってた手首には、まだなにも付いてない。


「先にみんな連れ出てるから、後で追いついて下さいね〜。」

 ひらひらと手を振った新名が、他の部員を連れてランニングに向かう。
 わかったと頷いた俺は、足早にの元へ歩み寄った。






 声をかけると、きょとんとした顔で振り返って首を傾げる。

「あれ、ランニングは?」

「いいからそこ、座れ。」

 ランニングに出る部員達の後ろ姿と俺を交互に見て尋ねるあいつに、手にした救急箱をかざして促した。




「まだ痛むか?」

「・・・うん、動かすとちょっとだけ。」

 躊躇うような短い間があったのは、俺に気を使って大丈夫だって言おうとしたからだと思う。
 けど俺、そういうの嫌いだし、ちゃんと言ってくれて良かった。
 気を使われて怪我を隠して、もし後でひどいことになったりしたら、そっちの方がよっぽどだ。

 言われるままにちょこんと座り込んだの斜め向いに腰を下ろし、痛めた方の手をとった。
 うん、腫れたり青じんだりはしてねぇ。
 こいつの言う通り、軽くひねっただけみたいだ。
 ほっとして、部の救急箱から取り出した湿布のフィルムを剥がす。
 の手首に湿布を貼ると、思ってたより湿布が余った。
 一瞬いつものと違う湿布を使ったのかと思ったけど、そうじゃないことにはすぐ気づいた。




「・・・おまえ、腕細ぇ。」

「そうかな。普通だよ?」

「んなことねーよ。細いだろ。」

 ほら、と自分の腕を隣に並べると、明らかに太さが違う。
 な?とあいつを見やると、なぜだか困ったような顔をされた。

「・・・そりゃ、嵐さんと比べたら細いよ。女の子だもん。」


「・・・・・・ああ、」

 がつんと頭を殴られたみたいな衝撃に、妙に納得して呟いた。

「そっか、女だもんな。」

「そうだよ?」

 ますます困った顔をしたあいつを見て、さっき組んだときのことを思い出す。
 相手の身体付きに合わせて加減したつもりだったのに、あんまりあっけなく引き寄せられてきたから、投げる時に勢いがつき過ぎたんだ。
 ホントは畳に着く前に引き上げて、落とさないようにするつもりだったのに。



「・・・悪い。」

「え?なにが?」

「・・・いや、ごめん。」

 保健室に運ぼうとしたとき、思ってたより重いと感じたのもそのせいだ。
 謝った理由を説明しようと思ったが、新名が女に重いとか言うなって怒ってたのを思い出して口をつぐむ。
 そうだよな、こいつは女なんだから。

「・・・次からは気を付ける。」

「う、うん。・・・え、次?」

「また、よろしくな?」
「え、ええと・・・うん、よろしく?」
「・・・そんなこと言ってると、まーた投げられちゃうよ?」



 冷やかすような声に後ろを振り返ると、息を弾ませた新名が楽しそうな顔でこっちを見てた。

「ニーナ、早いね。」

「オレが早いんじゃなく、嵐さんが遅いんだって。」

 にやにやと笑いながら近づいて来た新名が、なにか言いたげに目を細めた。

「なになに〜?嵐さん、ちょっと目覚めちゃったり?」

「新名。」

「いやいや、気が利く後輩だよね〜オレって。」

「投げられるのはおまえだ。」

「ええええ?なんでそーなるんだよ!?」

 すくっと立ち上がった俺から慌てて離れた新名に、じりじりと間合いを計りながら近づいて。
 俺は眉を寄せて叱るような表情を作ってうそぶく。

「そもそもおまえが早く来てれば、こんなことにはならなかったんだぞ。」

「あ、それもそうだね!」

 俺の言いがかりになぜか感心したように頷く
 いいぞ、ナイスアシスト。

「いやオレ知らねぇし!・・・なんでうちの先輩たちってこうなんだろ・・・。」

 そして天井を仰いで嘆く新名。

の恨み、思い知れ!」

 我ながら無茶な理由を振りかざすと、自棄になった新名が本気の目になった。

「ううう、こうなりゃ先手必勝!そういつまでも簡単に投げられると思うなよ!」

「・・・そうこなくちゃな?」

 思うツボの新名の行動に思わず笑みを零すと

「うわぁ・・・悪い笑顔だ。」

 どこか楽しげなの呟きが耳に届いて
 こんな時だってのにちょっとくすぐったくなった。





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